よっちゃんの闘病記と『ボチボチ山へ・・・』

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zoom RSS この世界の片隅に

<<   作成日時 : 2017/02/16 00:36   >>

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 首を長くして待っていた映画を、やっと見ることができました。



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映画の冒頭から、聞き覚えのある唄が聞こえて来た。それは、小生の若かりし頃、よく聞いていた歌だった。それは、≪ザ・フォーク・クルセダーズ≫が歌っていた【悲しくてやりきれない】だったのだ。

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≪悲しくてやりきれない≫・・・・サトイハチロウの詩

胸にしみる 空のかがやき

今日も遠くながめ 涙をながす

悲しくて 悲しくて

とてもやりきれない

このやるせないモヤモヤを

だれかに告げようか



白い雲は 流れ流れて

今日は夢はもつれ わびしくゆれる

悲しくて 悲しくて

とてもやりきれない

この限りないむなしさの

救いはないだろか



深い森のみどりにだかれ

今日も風の唄に しみじみ嘆く

悲しくて 悲しくて

とてもやりきれない

このもえたぎる 苦しさは

明日も続くのか


こちらから、歌声を聴くことが出来ます。 → → コトリンゴ


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当映画の公式サイトには、以下の案内がある。


≪ものがたり≫

18歳のすずさんに、突然縁談がもちあがる。
良いも悪いも決められないまま話は進み、1944(昭和19)年2月、すずさんは呉へとお嫁にやって来る。呉はそのころ日本海軍の一大拠点で、軍港の街として栄え、世界最大の戦艦と謳われた「大和」も呉を母港としていた。
見知らぬ土地で、海軍勤務の文官・北條周作の妻となったすずさんの日々が始まった。

夫の両親は優しく、義姉の径子は厳しく、その娘の晴美はおっとりしてかわいらしい。隣保班の知多さん、刈谷さん、堂本さんも個性的だ。
配給物資がだんだん減っていく中でも、すずさんは工夫を凝らして食卓をにぎわせ、衣服を作り直し、時には好きな絵を描き、毎日のくらしを積み重ねていく。

ある時、道に迷い遊郭に迷い込んだすずさんは、遊女のリンと出会う。
またある時は、重巡洋艦「青葉」の水兵となった小学校の同級生・水原哲が現れ、すずさんも夫の周作も複雑な想いを抱える。

1945(昭和20)年3月。呉は、空を埋め尽くすほどの数の艦載機による空襲にさらされ、すずさんが大切にしていたものが失われていく。それでも毎日は続く。
そして、昭和20年の夏がやってくる――。




          ◆          ◆          ◆


久しぶりに良質な映画を観ることが出来ました。


 この映画は、数々の映画賞を受賞しています。なかでも、【キネマ旬報 2017年2月下旬のキネマ旬報ベスト・テン発表特別号(2月3日発売)】にて≪キネマ旬報ベスト・テン≫の第一位に輝いています。この賞は、映画製作会社や映画人や関係者には無縁の“利益誘導”の関係しない“真の映画好き”の人達が選ぶ賞と言われています。


 昨年来、戦後70年を記念した映画が発表されましたが、それらとは内容を全く異にした映画だったと言えます。そのあたりの感動が、感想として寄せられています。 → → コチラから


 ≪この世界の片隅に≫の予告編を観ることができます。  → → コチラから


■ 近年、きな臭い動きが世界中を席巻してしていますが、“日本もまだまだ捨てたもんじゃ〜無い”と、劇場を出るときに思ったものです。一方、朝鮮半島での諸問題、日中、日韓の問題を始め、世界中では人種間や宗教間の争いは収まる気配さえありません。


■ それらの争いの基は? その全てが“誰かが得をして、誰かが損をする”との発想から生まれているのではないだろうか?  何時になったら、皆が仲良くなれるのだろうか?



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